この記事は、2011年3月11日に想起された思いとお薦めの映画について紹介しています。

一日一日の積み重ね

2011年3月11日の災害から10年の節目を迎えて

当事者の方を含め、周辺当事者の人も、災害に直面しなかった人も

多くの方が数多くのコメントを残していらっしゃいました。

 

海と山の恵みに満ちた国である以上、

自然災害の機会も頻繁に起こってしまう。

大昔から沢山の教訓が語りつがれてきていますが

どんな災害でも、亡くなられた方の痛みや

大切な人を失った方の辛さ、寂しさを想うたびに

心が苦しく、涙を我慢できなくなってしまいます。

 

どんな経験においても、心についた傷は、

その傷を負った人にしか分からない と思っています。

似たような経験をしていたとしても

全く同じ人でもないし、同じ経験ではないから。

 

似たような経験をした人たちと

自身の心境を口にしながら

解決の糸口を探すセラピーなどはまた別ですが。

 

周りにいる人間は基本、寄り添う事しか出来ないし

寄り添う事さえ必要とされないこともある。

でもそれでいいんだといつも思っています。

 

自分の周りに、傷ついた人が居るときは

必要な時はいつでも呼んで欲しい。

あなたのことを大切に思って心配している人間がここにいる、

という事を忘れないでくれたら嬉しい

と伝えています。

自己満足でもありますが、

私もそう言ってもらった時が嬉しかったので。

 

大切な人が先に逝ってしまった悲しみは

何度か経験しています。

 

失ったことで体にぽっかり穴が開いたような

自分の一部が失われてしまったような、あの感覚は

生きていて、人と関わっていく以上

誰もがいつかは体験しなくてはならず

自分だけが辛いんじゃない、と思おうとしても

なかなか埋める事の出来ない感覚です。

 

時が忘れさせてくれる、なんてことは全然なくて

いつでも相手を思い出せます。

 

毎日時間が過ぎていくから

その頻度が時と共に減ることはあります。

でも寂しさの濃度が薄まることはなくて

どうやっても、もう一度会いたいという願いが叶わないからこそ

むしろ時間と共に、愛しいと思う気持ちが増す気がします。

 

それでも生きている以上は

自分に出来る事を一日一日積み重ねて行くだけ。

その一日一日を周りの人たちに感謝して過ごすだけ。

 

この悲しさや寂しさも自分の一部としていくしかない。

と思って過ごしています。

まだ、受け容れるタイミングを迎えていない方々にも

穏やかな一日一日が訪れる日を祈っています。

 

沢山の人に知ってもらいたい映画

東日本大震災の時には、ご縁をいただいて

気仙沼の鹿折地区に通わせていただきました。

大きな漁船が住宅に乗り入れてしまったままの姿から

10年間で少しずつ街の景色が変わっています。

 

鹿折で出会った方々の元気なお姿を

メディアで拝見ことが出来る時があり

ああ、また行きたいなあと思います。

いつ行けるかなあ…

 

と思っていたところに、今村彩子監督の映画の新作

「きこえなかったあの日」 のニュースを見つけました。

studioaya-movie.com

 

 

コロナの状況を鑑みて、映画館に足を運ばずとも

自宅で見られる方法も選択できます。

全編日本語字幕がついていて、DVDも販売開始されています。

是非多くの方に、見てみてもらいたい作品です。

 

震災の時にものすごく悲しく感じたニュースが

津波の知らせを聞き取れずに逃げ遅れた方が少なくなかったことと、

その方たちにお知らせをしに行った方も一緒に流されたということ。

そして、障害を持つ方の死亡数が障害を持たない方に比較して2倍だったこと。

 

阪神大震災の時には私は広島で高校生をしていて

学校から炊き出しのボランティアに行ったり

キリスト教系列の学校で、聖歌隊にも入っていて

冬に慰問として教会を訪れてお話をお伺いした際には

障害を持つ方の避難状況についてお伺いすることが出来なかったので

リアルな実際のお話で把握できていないのですが、

当時も同じような悲しいことが起きてしまっていたのかなと思います。

 

大きな災害の度に、災害弱者の避難方法が議論されるけれど

実際には進みが早いとは思えない現状があります。

 

警報が聞こえない方のための津波フラッグの認知も

まだあまり広まっていない、と聞きます。

ls.jla-lifesaving.or.jp

 

自然災害で生き残った私たちが出来る事の1つに、

防ぐことが出来たかもしれない悲しい思いをする人が

なるべく出ないように働きかける事かもしれません。

 

その意味でも、今村監督のこの映画は

聞こえない・聞こえにくい人が近くに居ない人にこそ

見てみてもらいたいなと思います。

 

今村監督がインタビューを受けられた記事にも

印象的なお話がありました。

今回のブログのタイトルにも繋がるインタビュー記事です。

diamond.jp

 

映画を見る前でも見た後でも

是非このインタビュー記事もお読みいただきたいです。

 

いつも私も思っている、「聞こえない」「聞こえる」に関係なく、

「障害」という言葉に関係なく、

1人の人と、人として向き合う事が当たり前になって欲しい。

という願いを同じようにお話されていてとても嬉しかったのと、

「時間をかけて相手と関わり合いを続けても

『分かり合う』のはとても難しい。

だから諦めてしまうのではなくて、

『分かり合う』ことを目的にせず、

その過程も含め、分かり合えなくても一緒に生きて行く

という心構えが人と人の付き合いには大切なんじゃないか」

とおっしゃっているのを拝見して

なんだか障害を持つ家族が多い身として

とてもホッとしました。

 

心底解って話すことはできないし

代わってくれ!と言われたら代わりたいけどそれも出来ない。

そばにいて(身体的にだけではなく、精神的にもという意味も含め)

その思いや日常を受け止めながら

一緒に生きて行くことしかできない事を

申し訳なく思わなくていいんだな。。

と思えてほっとしたのだと思います。

 

身体や心の障害だけではなく、

大切な存在を失った人、

自分が傷つけられてしまった人にも、

当事者の人に対して、分かり合う事を目的にしないで

分かり合うという過程を大切に、

優しく関わり合いながら生きて行く。

そんな関係が当たり前の社会になったら良いなあと思います。

 

思うだけでなく、自分が出来る事を

一日一日積み重ねて、ちょっとずつでもよい方向に。ですね!

 

今回もお読みいただきありがとうございました。

ご意見やご感想などありましたら

お気軽にコメントでも、info@jino33.com宛のメールでも

いただけたら嬉しいです。

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